LUTEN京都五条がある町名・地名の由来

五条通

LUTEN京都五条の所在地は、京都市下京区室町通五条下る大黒町207番地です。

京都に初めて来られた方は、この住所の表記に驚くでしょう。

よくある住所としては「市町村名」+「番地」が一番馴染みがあるかと思いますが、京都市内の一部、特に平安京が存在していた中心部では通り名が付け加えられ、
京都市下京区室町通五条下る大黒町207番地
↑の青字部分が通り名に該当します。

通り名は南北の通り、東西の通りでそれぞれ存在し、室町通が南北の通り、五条が東西の通りになります。

楊梅なし

今でこそ「室町通五条下る大黒町」という住所なのですが、昔は「楊梅通室町東入大黒町」という表記でした。

楊梅通

当宿2Fの北側には昔の住所が書かれた看板も残されています。

実は先ほどの地図にはない小さな通りがいくつも存在しており、昔は五条通から1本南に下がったところにある楊梅通という通り名が住所に使われていました。

楊梅あり

今回は昔の地名だった楊梅通、室町通、そして町名の大黒町の地名の由来や歴史について調査しました。

楊梅通

東洞院から西洞院にかけての東西の通りで、西洞院通からは変則的に下がって堀川通りまで続きます。

かつての都、平安京の楊梅(やまもも)小路とほぼ同じ位置にあたる通りになるのですが、当時なぜ楊梅通という名前で呼ばれていたのか、その由来は解明されていません。

参考:京都の地名由来辞典 源城政好・下坂守 東京堂出版

室町通

室町通は祇園祭の山鉾に飾られる懸装品などの織物で財力をもたらした町がいくつも存在していたことから、祇園祭の山鉾の数が一番多い通りとして知られています。(合計7基)

さらに歴史を遡ると、足利政権の室町幕府が置かれていた場所ですが、この室町は平安京造営の際の室町小路が名前の由来となっています。

参考:京都の地名検証2 風土・歴史・文化をよむ 勉誠出版

大黒町

町内に七福神の大黒天を祀っていたとも想定できますが、実際に大黒天を祀ることは稀とされ、隣接する町に同じく七福神の蛭子(恵美須、恵比寿とも言います)の社や祠があり、それに対応して「蛭子」、「大黒町」というセットの町名が発生したと考えられています。

現にLUTEN京都五条がある大黒町から南西の方向、下京中学校がある町は蛭子町であり、このどちらかに本尊が祀られていたのではないかと推測され、寛永14年(1637年)洛中絵図にはこの場所に「大黒町」の表記が確認されています。

下京区にはLUTEN京都五条の大黒町のほかにも多くの大黒町が存在し、例えば佛光寺麩屋町東入の大黒町からすぐ東には恵美須之町があります。こちらも同様にどちらの町に本尊が祀られていたかまでは判明していません。

大黒町と今大黒町

黒門通高辻上るの今大黒町は、南に隣接する杉蛭子町に今も杉蛭子社が残っていることから、蛭子を祀る蛭子町に対応して大黒町も同時に作られた説が有力とされています。

参考:京都地名語源辞典 吉田金彦・糸井通浩・網本逸雄 東京堂出版

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